バラの季節
季節はめぐり巡ってもうすぐ6月。
若い頃にできていたこと。
今はできなくなったこと。
雨の日もあれば太陽燦燦の日もね。
たくさん泣いた日は心が浄化されたんだって思うようにしている。
パートナーと喧嘩した日。
一番辛いかもしれない。
言わなくていいことまで、ついつい……。
他人軸で生きていると、そうなるのよね。
もっと、自分軸を大切にね!
共感力より自己理解、何よりもメンタルと体調を最優先に考えて。
この頃、ちょっと疲れすぎてるよね。
これを読んでいるあなたはどうですか?
2026.5.26

カフェ de ランチ
これを食べたの、いつだっけ?
1ヶ月前くらいかしら。
新しくお友達になった、可愛らしい方と初ランチ。
女子同士、はしゃいだ、はしゃいだ(笑)
どうしてかな?
笑うことが少なくなった。
気持ちがどんどん追い詰められていった。
体があちこち不調になった。
ネガティブワードを吐くことが多くなった。
嘘が嫌い。常に正直であれ。真っ直ぐであれ。最後までやり遂げなきゃいけない。0か100か。
余白もグレーゾーンもないからね。
そりゃあ、しんどくなる訳だ。
周りが心配している。
さあ、しばらく休息しよう。
本当にやりたいことが見えてくるはず。
お金を稼ぐ。生きていく。
それが最優先。
当事者の私が出来ること。
限られているかもしれない。
でも、最初から諦めたくない。
お給料、ボーナス、そんなことがパートナー、友達と語り合える日を夢見て……。
2026.6.4

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
美しい女性の容姿や立ち居振る舞いを大輪の花にたとえたもの。
江戸時代の滑稽本、洒落本の中に出て来るという。
グループホームの世話人さんが教えてくれた言葉。
元々は漢方薬として有名みたい。
立てばって、気が立ってイライラしていること。そんな時は芍薬の根の生薬で落ち着く。
ずっと座っていると血行が悪くなる。それには牡丹の根の生薬が効き目あり。
百合は?風に揺れて綺麗だなぁと感じるけど、安定感には芍薬にも牡丹にも欠けるかしら。心身の不安定さに効くみたいね。
先日、よく分からないメールが届いた。
メールを書いた本人さえも何を書いて良いのか迷っているような、そんな文面。
誰かのために……。
眠れない、心が休まらない、歩く姿はふらふらと百合の花。

写真は学生時代からの友人が送ってくれた芍薬。ガーデニングが好きでいつも思いやりのある言葉をかけてくれる。ありがとう。
2026.6.11

おNEWな靴
夏らしいスニーカーが欲しい。
そう思って買ったのは良いけれど、まだ一度も履かないうちに梅雨になってしまった。
「いいことにあいますように。
悪いことにあいませんように。」
靴を新調した時に唱える、おまじない。
幼い時に母が教えてくれた。
靴を優しく撫でながら3回言ってみる。
普通はそんなことをしないのかもしれないね。
愛着のあったスニーカーにお礼を言って、新しい君にご挨拶。
運動音痴だから、体育の成績は決して良くなかったけどね、徒競走とマラソン大会が好きだった。
母も姉も私も足が速い。
逃げ足も(笑)
それは私だけかな。
マラソンは、ペース配分を頭で考えながら、余力を残しつつ、じわりじわり前へ。
生き方のペース配分はまだまだ下手すぎる。全力疾走か、だらだら走行。
少しずつ気力が戻ってきたような……。正直、まだ怖い。前を向いて歩けるだろうか。下ばかり見ていたから。
天気予報が晴れの日は出かけよう。
新しい相棒と共に。
2026.6.23

母の笑顔
まだ、実家にいた頃、いつも同じようにあって
いつも同じように食べていた母の料理。
玄関の木目込み人形をケースごと壊してしまった日。
実家を出ると決意した日。
このままじゃダメなんだ。
と悟った。
一人で外の世界に出ることを拒否していた40年。
一人暮らしをするまで40年かかった。
いいグループホームが見つかった安堵感。
でも、よくなかった、私にとっては。
環境がガラリと変わった昨年末。
毎日すんなりいくことなんて、ほとんどないに等しいけれど、それでもカーテンと窓を開けて1日の始まり。
新しいグループホームは少し住みにくい。
でもね、人には恵まれた。
人生を謳歌中の母。
現在進行形。
どうか、たくさん楽しんで!
私はどうかな。今まで楽した分、今が一番大変かもしれない。
忘れないよ、助けてくれた人達の顔と言葉を。
少しずつ、親孝行、恩返し、恩送りできるようになりたい。

2026.⒎2

会長の涙

テレビで上野会長の涙を見た。

こちらまで泣きたくなる。

どうしてかな?

それは本物だったから。

幾つもの声を彼が代弁してくれているようだった。

私が一番辛い時に寄り添ってくれたのは

入院仲間だった。

何をやっても落ち着かず、夜眠れず、薬の副作用でお腹だけ空いてたくさん食べてどんどん太り、

笑うことを忘れて、テレビを見ても何が面白いのか分からなかった。

ぼーっとしている私の横で「大丈夫だよ、久代さん」と言ってくれる人がいた。

皆、私より先に退院していったが、いつも気にかけてくれた。

あの時は見るもの全てが灰色そのものだったけれど、今は季節の移ろいを肌で感じることが出来る。

生きていてよかった。大好物の茹で卵も毎日食べられるし(笑)

2026.⒎10

スーラ

美術が好きだった父。

玄関のドアを開ければ、東山魁夷、棟方志功、ゴーギャン、ピカソ、シャガール、クレー、時は飛んでラッセン等々……。

その中で、なぜか記憶が鮮明なのがジョルジュ・スーラ。

「グランド・ジャット島の日曜日の午後」という作品。

19世紀の点描画。確か、トイレの壁に貼ってあったような。

勿論、付録か何かだと思う。

細かい点と点が綺麗に繋がって一つの絵になっている不思議。

こんな風に皆それぞれが余暇を思う存分に過ごしている。

何だか羨ましい。

時間がゆったり進んでいるような感覚。

この人達だって日常は忙しく動いていたはずなのに。階級、貧富の差はあっても、各々、やるべきことをやって日々を淡々と過ごす。

それが今の私には出来ていない。

とても情けない。焦りを感じる。

スーラの絵を指でなぞってニコニコしていた小学生の私はどこへ行ったのか?

2026.⒎16

或る二人の出来事

とても頑張っている人がいる。

パソコンの資格試験に合格した。

何事も努力を惜しまない人だ。

冷静で情熱的で少しだけ優柔不断。

だから、とても惹かれる。

辛口なコメントをする人がいる。

仕事にプライベートに一生懸命励んでいる。

穏やかな語り口と少しだけ気分屋な面がmix。

向かうべきところへの熱量が半端ない。

だから、いつも放って置けない。

この二人は全然違う人だけれど、私はとても気になる。

好きとか嫌いとか、そんな次元はとうに越えて尊敬している。

この二人にはとても敵わないが、それでも私は何かに熱中したくて仕方がない。

心が叫んでいる。

私はここで終わりたくない!と。

※タイトルは1934年のアメリカ映画

『或る夜の出来事』をもじったもの。上はそのポスター。

2026.⒎25